あの日、あの時の名場面(説明は要らないでしょう!?)


(注)イメージ画像は当時のありのままではありません。


「睦雄は本ばかり買うて、余の物はいらんのか」
(10歳の秋祭り頃と姉みな子証言)
「ほな、あの写真見るのは毒やな。げんこつばかりじゃったら、からだにも毒じゃけんなの」



「わし金用意するけん、金ができたら大阪へ連れてってくれんか」
(加茂駅に飾ってあります)
治るまでは慎んだほうがいい。といっても若いからそうもいくまいが、まあ、ほどほどにすることだな。はげしいのはいかん」
きさまは日本帝国陸軍の軍医を疑うのか。きさまが結核であることには」まちがいない。しっかり療養せい。

「お前は肺病で徴兵をハネられたんやないか。それやったら1日も早く病気を治して、お国のためにご奉公するのが若いもんのつとめやないか。
それもせえへんで、肺病やいうてのらくらしくさっているんくせして、女に手え出すちゅうのんはなんじゃい。それにうちは亭主持ちじゃぞい。人のかみさんに手え出すちゅうのんは、とんでもないこっちゃ。お前がそないに恥知らずとは知らんかった。こら強姦やからな。お前のおばはんに話しして、駐在所にも知らせにゃいけん。このままほっといたらなにやらかすか恐ろしけんの」

「どうか堪忍してつかあさい。堪えてつかあさい。この通りですけん・・・・・・」

「せっかくやが買い手は決まっとるんや。こんど手に入ったら売ってやる」
(山内寿)
わしは商売だから、頼まれれば貸さんでもないが、いったいなんぼいるんじゃ
「これでみさとさせてくれ」
「それならあんたでもいいわ」

(昭和13年頃の柄はこのお札です)
「わしがなんぼもうろくしたかて、わかもとならよう知っとる。」
「先生、これからお供してもええですけんの?」
(午後六時十二分発鳥取行き)
壱百六拾円
(中古を壱百四拾五円で売り、ずる買い)

ブローニング・オート5 Browning Auto-5


「停電しちょるけん、電柱に登って調べてみるんじゃ。お前の自転車のナショナルランプを貸してくれんか」
(寺川元一)
「もう12時じゃっ、そろそろ宴会もお開きにするちゃっ!」
(西田良子の当時夫の70年目の証言より)
「おばやん、堪忍してつかあさい。」
(都井家跡)
「わ、われわなんじゃ」

「睦雄じゃ。」
「お前んとこには、もともとなんの恨みも持っとらんじゃったが、西田の娘を嫁にもろうたから、殺さにゃいけんようなった」
(岸本高司宅)
「頼むけん、こらえてつかあさい」
「大変です、私の母が殺されました。
すぐ行ってください」

(加茂町巡査駐在所)
ギァッ!こけてしもうたっ!(汗)
(ゆり子)
「心配いらん」

「進二は捕まっとらん。都井はわしらをおびき出す気で、一杯かけようとしとるんじゃ」
「卯一どこじゃ〜っ!出てきんちゃいっ!」

「早よう出てこんが〜っ!」

(独り言を言いながら!?)
「お前はわしの悪口は言わんじゃったから、堪えてやるけんの。せやけど、わしが死んだらまた悪口を言うことじゃろな」
「二つ目が来るぞい」
(はま)
「助けてくれえ、助けてくれえ、人殺しじゃあ、だれか来てくれえ」
(倉一)
「あんときゃ、唄まで歌ってそんしたわいっ!
空気銃で対戦じぁっ!」
(岡田和夫)





「これほどまでにしようるのに、撃ってもろうては困る」
(武元市松)
まだ暗くて人里は薄明かりしか見えないが貝尾の方が騒いでいる声がここまで聞こえます
(午前4時頃)
「もはや夜明も近づいた、死にましょう」
(荒坂峠頂上、お地蔵様真上の景色)
当日朝6時半頃頃より消防組、村人、警察等約1500人で山狩りを行いました。
「睦雄」君発見時は石投げたり木で突ついたりして死んでいるのを確認しました。
「うつべきをうたずうたいでよいものをうった、時のはずみで」
(俗名 コロ)
「因果応報」

犯行後四十九日相当日に逮夜供養
檀那寺筑波本にはあるが菩提寺
檀那寺旦那寺菩提所などともいう)
代金十一円で買いました。
13年11月25日から取り壊し回収作業です。。
屋根裏からなんか出てきたみたいです。
しかし幼稚な模擬銃です。
(山田武蔵)


「睦雄」君に殺害されてなくともこの村で戦争のため召集され戦地で死んで遺骨で帰ってきた若者がいること、どうゆう時代の境遇で、何のために、誰のせいで死んで行ったのかも話題にするのもタブーである。



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